オランダ出身で20世紀終盤に多くの影響を与えたカトリックの司牧神学者ヘンリ・ナウエン(1932~96)。彼は1971年から約10年間、イエール大学で実践神学の講座を担当します。

1974年、彼はサバティカル休暇を取ってケンタッキー州にあるゲネザレト修道院で7か月のトラピスト修道院生活を体験しました。その修道院はかつて『七重の山』の著者として高名なトーマス・マートン師が属していた修道院で、ナウエンは尊敬するマートンの観想と思索・執筆活動を両立させていた生き方に羨望の想いを抱いていたのです。そして、マートンの弟子ジョン・ユード・バンベルガー修道院長の霊的指導を受けるためでもありました。その修道院での7か月の体験を、ナウエンは『ジェネシー・ダイアリー』という本に書き残しています。

待降節の初めに当たり、ナウエンがこの修道院生活の中でどんな思いで待降節を迎えたのか、日記の一部をご紹介してみましょう。

「待降節の第1日曜日は晴れ渡ったいい日で、待降節の大きな期待を何度も意識させるような典礼でした。ラテン語の美しい詩の一節が心の一番深い処から泉のように沸き起こって、一人で歌っていました。“Rorate coelli desuper et nubes pluant justum ”(天よ、露を滴らせ、雲よ、正しい御者を送って下さい)。そして美しい答唱“Aperiatur terra et germinet Salvatorem ”(地よ、開け。救い主の誕生をもたらして下さい)。

力強い、訴えるようなメロディーが私の心に響き渡り、聖なる露が地面を覆うのが見えるようでした。神の恵みは、本当に優しい朝露とやわらかい雨のようで、荒地を潤し、新しい命を与えます。やさしさのイメージです。私への今の呼びかけは、朝露にもっともっと敏感になり、私の心の一番深いところで、救い主を産み出すことができるように心を開くことです」

「神の来臨についての言葉は、神がいつかは現れるということだけでなく、私たちの全存在を、期待へと少しずつ変えて下さることを思い出させてくれます。その時、私たちはもはや、期待を待つのではなく、期待そのもの変えられ、全存在が“待つ”姿勢になります」。

主任司祭  松尾 貢

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