人との別れの場面にあって「私は『別れる』という表現は使いません。『離れる』と言います。たとえ離れても心は一つだからです」と話し続ける宣教師、懐かしい人もいるでしょう。……
月刊教会報「コムニオ」掲載の司祭巻頭言
教会報「コムニオ」
教える
筆者は1992年から教壇に立っています。早くも32年の歳月が流れました。教えるのが苦手でありながら、よくも務まるものだと呆れています。……
かざる
以前いた教会で主任司祭として10年間働いていましたが、その教会は、聖堂前に聖家族、羊飼い、三人の博士、動物の像と全部揃ったものが置かれたりっぱな馬小屋を毎年飾っていました。しかし……
なじむ
「なじむ」……。人間を中心に考えると「慣れる」+「親しむ」ということだそうです。……
たすける —— 助けて!⤴ 聖母マリア!⤴
「扶助者聖母マリア」(「たすけ手、聖母マリア」[キリスト者をたすける者としての聖母マリア])という呼び名があります。……
たがやす
私はこれまで、田畑に作物を植えるために「耕す」という経験をしたことは一度もありません。しかし晩年、土いじりをしたいと考えていますが、農作業において、私はズブの素人で、今は家庭菜園の知識すらほとんどないと言えます。……
しるす
「しるす」という主題を考えるとき、いつもおのずとヨハネ福音書の最終部分の文章がおもい浮かびます。……
しる
統計数理研究所という機関があり、5年おきに日本人の国民性に関する調査を実施しています。個人的に興味深いのは宗教に関する調査で、以下のような質問が用意されています。例えば、……
くる
テーマの「来る」は、主が来られるのを待つ待降節に相応しい言葉のように思います。しかし、……
しめす
「いつ・だれが・だれに・どこで・なにを・どのように・なぜ」行動するのか? 聖書をひもとく際に、これらの疑問詞を意識するだけで黙想の種は尽きません。……