中軽井沢の御聖体の宣教クララ会修道院の近くに「内村鑑三記念館」があります。地下は資料館、上部は石造りの教会になっており、周りの林や自然によくマッチしていて、結婚式場として人気があります。
内村鑑三といえば、評論家・亀井勝一郎から高く評価された思想家であり、キリスト者です。二つのJ、JesusとJapanを愛しぬいた内村の思想の中に、“無教会主義”というものがあります。これはかなり誤解されて理解されることがあります。「私は組織に属したくない」「私は神様と直接結ばれていればそれで十分」という考え方。その姿勢を肯定するために、内村の無教会主義がよく援用されるのです。
しかし、内村鑑三の無教会主義は既成教会の否定やそれとの対立を意図して生まれたものではありません。彼がプロテスタントの諸教派の友人、恩師、協力者を前に、ある特定の教派を選ぶことができなかったことに由来します。「『無教会』は教会のない者の教会であります。すなわち家の無いものの合宿所ともいうべきものです。すなわち心霊上の養育院か孤児院のようなものであります」(内村鑑三信仰著作集より)。
第2バチカン公会議は“教会”を「キリストにおけるいわば秘跡、すなわち神との密接な交わりと全人類の一致のしるしであり道具」と呼んでいます。神の子が、神でありながら目に見える人間となられたように、神様は人間に恵みを与え、救いの業をなされるのに、組織としての教会をおたてになったわけです。もちろん、罪びとの集まりである教会共同体は不完全であり、弱さを伴うものです。しかし、神様がその形、そのあり方を望まれたわけですから、私たちも目に見える組織体としての教会を大切にし、育て、いとおしんでいく必要があります。
今日行われる、年1回の信徒総会もそのような視点で受けとめていきたいものです。「神は曲線を用いて、直線を描かれる」のですから。