春の彼岸のこの連休、墓参をなさる方も多いと思います。横浜の外人墓地の入口横にはグレー(18世紀英国詩人)の言葉が刻まれています。

「美人の栄華 富豪の驕奢 いずれか無常の風に 逢はさらん
光栄の路 向ふ所は墳墓のみ」

人生のはかなさを詠ったものですが、墓という言葉、聖書に出てくるムネイメイオン(ヨハネ20章1節)は「記念の碑」という意味です。深い想いをこめて天と地を結ぶ語らいをなす墓地に立つとき、与えられた“今”を大切にしたと心底感じるのではないでしょうか。これから始まる聖週間、イエス様の受難と死と復活のこの季節はなおさらです。<今を大切に>と、強調する下記3聖人の根底に流れる共通の霊性を味わってみましょう。

聖フランシスコ・サレジオ(1567~1622)
「私の過去、それが私を悩ます事は、もはやない。それは既に、神の慈しみに属する時となっている。
私の将来、それが私を悩ますことは、まだない。それは、神の摂理に属する時である。
私を悩ますのは、ここで、今,今日という日。だが、それは神の恵みに属し、私のよき意志をお献げするということにかかっている」
尊者ヴィンセンシオ・チマッティ(1879~1965)
「流れてしまった水は、もう水車を回しません。過去についても同じことが言えます。未来は神の手にあり、あなたはそれを知るはずはありません。あなたの手にあるのは、現在の瞬間だけです。
それを活用し、上下左右を見ずに、結果も気にしないで(大した結果ではないから)。神のため、神と共に今の瞬間に、自分の務めを実行、実行、実行しなさい。これこそ、聖フランシスコ・サレジオと聖 ドン・ボスコの霊性です」
福者マザー・テレサ(1910~1997)
「昨日は過ぎ去りました。明日はまだ来ていません。
わたしたちにあるのは今日だけです。さあ、始めましょう」
主任司祭 松尾 貢
LINEで送る