「ランパス」という病院ボランティア会があります。神奈川県の多くの病院で種々の奉仕活動をしている会員数300名を超える組織です。鷺沼教会所属の方もおられます。“マザー・テレサの祈りの心で奉仕を行う”と会のHPに記されています。遠藤周作氏が晩年の入院生活体験の中で“心あたたかな医療”を痛感し訴えていましたが、その呼びかけに触発されて発足したとも伺ったことがあります。
遠藤さんはルオーの「深き淵より」が自分の一番好きな絵だと言い、晩年の闘病生活を、この絵を思いながら過ごしたそうです。黄昏の差し込む病室で、悲しみに耐えながらもすべてを受け入れる親子をじっと見守っているのは、主イエズスのまなざしです。この主イエスのまなざしの故に、悲しみの部屋は、恵みの光あふれる部屋と変わることができます。「心を騒がせるな。私がいるところに、あなた方もいる。神を信じなさい。そして私をも信じなさい」(ヨハネ14章1、3節)
ルオーはカトリック者で、何枚もキリストの肖像を描いています。しかし最初の頃の画風は大変暗かったそうです。彼の絵を見た人は、心晴れやかになるどころか、逆に暗く重い心になっていました。絵の才能はあったとしても、誰も喜んで観ようとはしません。そんな折り、ルオーはアンドレ・シュアレスという作家と出会います。彼は、ルオーが抱えている心の闇を見抜きます。ルオーの中には鬱屈した暗い炎がありました。それは何でも批判し、対立し、争い合う否定の精神でした。作家はルオーに手紙を書き送り、思ったことを直截に伝えます。
「君の中には深い矛盾がある。今のところ君は、生来の使命を果たしていないと私は思う。否定の精神が君を迫害している。親愛なるルオーよ。他人と対立するよりは、君自身と君の理想のために生きたまえ」。何回か送られたシュアレスからの手紙で、ルオーは自分が過去の嫌な体験を忘れられず、怒りや復讐心に囚われていることを悟るのです。やがて、ルオーの画風は変ります。悲しみと苦悩の世界に愛と希望を浮かび上がらせる、今日私たちの知る深い美をたたえたルオーの作品が生まれます。悲しみや苦悩がなくなったわけではない。しかし、すべてを委ねた者に見えるものは、深い淵へと差し込んでくる静謐な恵みの光なのです。
ちなみに、「深き淵より」は詩編130編からとられたものです。