ウンベルト・カバリエレ神父
息をのみながら父の一発を喰らったウンベルトは、炊事場でお皿の片付けをしていた母に助けを求めて目を向けた。左は真っ赤、右は真っ白と妙な顔の色で、叫ぼうとする大きな口から紅白開戦開始の叫びが出そうな有様。しかし、言葉が出ない。最後のよりどころの26歳の母も、知らぬが仏と見向きもしない……。
さて、金曜日のお昼には、父の好物の煮込み野菜が出ることが多かったが、あれは苦くてウンベルトは大の苦手。おなかの虫まだ収まらないうちに、その金曜日がやってきた。やっぱり、出たじゃないか……。そして、まず父に母が皿をもって来て、次に長男、次男と僕に。最後に母が自分の分をとって皆が食べだした。僕がベソをかいていると、母が、“食べて……どうしたの??”、“苦いんだもん……!”そして、みんなが野菜を食べ終えたころ、父は声をあげ僕に向かっていった。“食べんか!”。やばいと思いながら僕が頭を下げたまま、プウと膨れていると、数秒後、勧告は下った、“外へ行きなさい!”
外とは、家の外。家を出ると道、道の向こうは、公園。仕方ないので、公園でぶらぶらした。いつものように、芝生の中の昆虫を探して、アリの道をたどりその巣の入口の様子を観察し、夕暮れになるまで木登りとジャンプ、サルのまね(残念ながら、「ぶらんこ」という物はなかったのだ……)。兄貴たちもときどき公園に遊びにやってきたが、我々3人とも、保育園や幼稚園がなかった時代に育ったので、遊びに行く場所といえば道端か、広場か、どこかへ散歩か、そうでなければ近所の友達とあそぶ、かけをする、隠れんぼ……なんかだった。個性的な子がいただろうか?
結局その日、僕一人で5時ごろ家に帰った。習慣として、シャワーを浴びて着替える。それからママの作っている夕飯を待つ。夕飯よ~!! の呼びかけが聞こえ、一番に駆け付けたのが、僕。席に座って、右手にナイフ、左手に置いてあったフォークを立てて、流れ来る美味しい香りを胸いっぱい吸ってよだれを飲み込んだ。やがて父がやってきて満席となり、母は大皿に載せた大きな3つのビフテキを一つは父に、もう一つは長男に、最後は次男に。その時、父が口を開いて母に、“あれを出してあげなさい”と……。やった! と思いきや、僕のところに現れたのが、お昼のときに食べなかったあの苦い野菜!! しまった! と思った僕は、母の目を探した。ママ、これは?? なに? 返事が父から聞こえてきた。“それは、今日のウンベルトの夕飯!”
僕はヒモジイ。胃のなかの壁がくっついて、目まいがした。兄貴たちはニコニコして、御馳走を食べている…。僕はあの苦いやつ睨んで、パンを浸して食べ始めた。次から次へとパンも野菜も全部食ってしまった……。そして、父が言った、“すぐ、寝に行きなさい”と……。
戦争の経験があった父が、12人兄弟の貧しい生活で身についた子育ては正しかったか。好き嫌いがないウンベルト。
武士は食わねど苦野菜?(^^♪