新たな気持ちで

王であるキリストの祭日

今日は、年間最後の主日「王であるキリストの祭日」です。この日は一般の暦で言いますと、年の瀬、年末にあたり、教会の典礼は一年のサイクルを終え、来週から新しい典礼暦年(C年)に入り、元旦にあたる待降節第1主日となります。

それで王であるキリストの祭日は、王であるキリストが再び来られる時、それは世の終わりではなく、神の国の完成の時であり、救いの時でもあるということです。そのために私たちは信仰をもって、王であるキリストを自分のうちにしっかり受け入れているかを考えるとともに、特に年の瀬に自分や家族の一年を振り返るように、自分の信仰生活の一年を振り返って、キリスト信者として信仰をもって生きていたか、使命を果たして生きていたか、人に対して愛をもって関わっていたかなどを反省して、新たな気持ちで歩んでいく決心をするときです。

私自身、司祭として、この一年をどう過ごしたかを考えてみますと、以前と比べて、ほとんど成長していないように思います。それは一つに忙しいとか、疲れているといった言い訳をして、特にミサを大切にしてこなかったからです。こなすことだけを考え、一回一回をよく準備して、心を込めて捧げていなかったように思います。それは叙階されて27年、これまで1万回近くミサを立ててきたと思いますが、「本当にあなたはミサを大切に立ててきましたか」と聞かれますと自信をもって「はい」と答えられないからです。従いまして、残りの人生であと何回ミサを立てられるかわかりませんが、決心として1回1回を最初で最後のつもりでミサを大切に立てていけたら幸いだと思っています。これを本当に実行できるならば、少なくとも王であるキリストの司祭としての使命の一端を担い、果たすことができるのではないかと思っています。

皆さんも、新しい年に向かって、何か決心することがあるかと思います。それを信仰生活の中で考えてみてください。この一年、信者として何か足りないことがあったとしたら、それを新たな気持ちで取り組んでいく決心をして、王であるキリストに最後まで従っていくように致しましょう。

主任司祭 西本裕二

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