司祭は、毎日ミサを捧げています。私は叙階して今年で29年目になりますので、毎日ミサを捧げてきたことを考えますと1万回を超えることになります。
自分でも驚きですが、私自身、これまでミサにおいては、日課のように当たり
前に行ってきました。ミサや秘跡は、司祭でなければ執り行うことはできません。私たち司祭は、ミサを仕事や義務として行うのではなく、信者の皆さんのために喜んで奉仕として行っていかなければならないと思っています。それは司祭職が教会のためにあるからです。
信者の皆さんは毎週、教会に行けば、司祭がいてミサがある。これを当たり前に思っていないでしょうか。実際、日本でも司祭が不足しているため、毎週ミサにあずかれない方もいます。
またキリシタンたちの250年にも及ぶ禁教時代、司祭によるミサはありませんでした。そのため一生に一度もミサにあずかれなかった人がいたでしょう。ですから、司祭が潜伏しながらミサを捧げていたときは、信者の皆さんはどれほどうれしかったでしょうか。
映画『沈黙-サイレンス-』でもロドリゴが信者たちと交わり、隠れながら静かにミサを行う中で、キリシタンたちの姿は、喜びに溢れていました。つまり彼らは、ミサにあずかること、ご聖体を頂くことをつねに渇望していたということです。ですから、現代の私たちよりも「ミサのありがたさ」を深く感じていたことでしょう。
私たちも信者として、キリシタンたちの思いを大事にしなければならないと思います。都筑教会では通常、主日のミサが3回あり、主任司祭の他、2人の協力司祭がいる恵まれた教会です。この「ありがたさ」を少しでも実感できるために、病気や高齢など様々な事情でミサにあずかれない人たちが大勢いますので、そのような仲間の思いを共にしながら、つねに感謝してミサにあずかるように致しましょう。
主任司祭 西本 裕二

