2006年にNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組のゲストとして登場した木村秋則さんの話は実に感動的でした。その後出版された『奇跡のリンゴ』を貪るように読んだことを思い出します。そしてこの度この本が映画化され、この6月各地で上映されています。
大筋をご紹介しましょう。

農薬散布でご自身や奥さんの皮膚がやられることをきっかけに、不可能と言われていた無農薬によるリンゴ作りに挑戦して8年、リンゴが収穫できないどん底の時代を経験。その間、キャバレーの呼び込み、出稼ぎでの上京、山谷でのホームレス体験も。収入がないので電気もガスも止められ、子供たちにロクにものを買ってやれず、1つの消しゴムを3人姉妹で切って使うような生活。

もうこれまでと死を覚悟し、ロープを持って岩木山へ登り、ロープを木の枝にかけようとして失敗。がっくりへたり込んだ時、「月が綺麗だな、見下ろす夜景が美しいなあ」と思う。突然、リンゴの木が目に入ってくる。なぜこんなところにリンゴの木がと駆け寄ってみると、それはドングリの木。その時、気がつく。山の中の木は農薬を使っていないのに、虫がたくさん付いたり、病気になったりしていない。下の土を掘ると、ふかふかと柔らかい。

これだ! と夢中になって山を駆け下りる。死に場所を求めに行ったということはもう忘れていた。土作りから改めて始めてみた。

数年後の初夏。隣りの人がやって来て、「おい、木村、花が咲いているぞ」と教えてくれた。小屋の陰から畑を覗きこむと、一面に白い花が咲いていた。涙があふれて止まらなかった。ひとりで、リンゴの花に囲まれて酒盛りをして祝った。リンゴの木にも「ありがとう」と言いながら酒をかける。

ついに無農薬、無肥料のリンゴができた。濃い味、切って置いていても色が変わらない。そして腐らず、良い香りを保ったままドライフルーツのようになっていく。奇跡のリンゴの誕生だった。

木村さんはいつもリンゴの木に挨拶をし、言葉をかけて農作業に励むそうです。自然との対話のその姿は、小鳥に説教をし、狼や池の魚と話をしたアシジの聖フランシスコの挿話とダブって見えてきます。環境保護の聖人もきっと喜んでおられるに違いありません。

主任司祭 松尾 貢
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