『文芸春秋』誌9月特別号に第147回芥川賞受賞作品の全文が掲載されている。鹿島田真希さんの「冥土めぐり」だ。鹿島田さんは正教会の信徒で、白百合女子大学仏文出身のクリスチャン作家だ。中学2年生ぐらいのときドフトエフスキーを読んだのがきっかけで、高校1年からお茶の水のニコライ堂に通い始め、17歳で受洗したという。

「冥土めぐり」を読んで、いかにもクリスチャン作家だと思わせるところが小説の後半に出てくる。以下のようなくだりだ。

「この人は特別な人なんだ。奈津子は太一をみて思った。今まで見ることのなかった、生まれて初めて見た、特別な人間。だけどそれは不思議な特別さだった。奈津子はそんな太一の傍にいても、なんの嫉妬も覚えない。そして一方、特別な人間の妻であるという優越感も覚えない。ただとても大切なものを拾ったことだけはわかる。それは一時のあずかりものであり、時がくればまた返すものなのだ」

受賞者インタビューの中で、その部分についての質問がとんだ。
“「大切なものを拾った」のあと「それは一時のあずかりものであり、時がくればまた返すものなのだ」と続きます。大切なものを返す相手とは、どういう存在なんでしょうか”
上記の質問に対する著者の返事は、
“世の中には人間しかいないと考えている人は、恋人でも夫婦でも、個人を縛って自分だけのものにしようと思うでしょう。だけど神様のような超越的な存在がいて、その下に人はいると考えるなら、たとえ夫婦であっても、相手をいつか神様に返さなきゃならないと思うんじゃないでしょうか”
著者の見事な信仰宣言ではないだろうか。

『マルガリータ』で第17回松本清張賞を受賞した村木嵐さんはカトリック。村木、鹿島田という2人のクリスチャン女性新人作家の今後の活躍を期待をもって見守りたいものだ。

主任司祭 松尾 貢
LINEで送る