サレジオ会横浜支部院長 鳥越政晴神父
皆さん、クリスマスの情景というとどんな景色を思い浮かべるでしょうか。クリスマスツリー、サンタクロース、プレゼント、暖炉に靴下……ところでクリスマスにはプレゼントをなぜ靴下の中に入れるのでしょうか? ご存知のかたが多くいらっしゃると思います。聖ニコラスにちなんだエピソード、聖ニコラスが貧しい娘を救った逸話、が有名ですよね。聖ニコラスの近所に一つの家族がいました。娘が3人住んでいましたが、貧しいため3人とも身売りをしなければならなくなりました。それを知った聖ニコラスが、煙突からお金を投げ入れると、そのお金は、暖炉のそばに吊るしていた靴下の中に入りました。このお金のおかげで娘は救われたというエピソードが由来となって、サンタクロースは暖炉のそばにぶら下げた靴下にプレゼントを入れてくれるという今の話になっていきます。
実はクリスマスにちなんだ靴下のエピソードはもう1つあるんです。こちらはアントワープ、マイヤー・ヴァン・デン・ベルグ美術館所蔵の1400年ごろの作者不詳の絵画にちなんだものです。
この絵画が描かれた頃の時代背景を少々。1400年ごろというと今のドイツのあたりには神聖ローマ帝国がありました。東にはオスマントルコがあり、ヨーロッパに睨みをきかせていました。1300年代の小氷河期からこのかた、寒冷期で農耕牧畜に影響。しかもペストが流行し、感染した多くの人びとが亡くなりました。人間社会は自然環境からチャレンジを受け、なす術もなくひたすら翻弄された時代……何か現代社会に通ずるものがあるような。文化的にはイタリアルネッサンスはまだ100年経たないと出現しません。
ダヴィンチやミケランジェロも生まれていない時代でした。
さてそんな時代に描かれた一つのクリスマスの情景を描いた絵画がこれです。
聖書には「マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた(ルカ 2:6)」とあります。聖書には直接の記述はありませんが、飼い葉桶から動物小屋が連想されるからでしょうか、この絵にも動物たちがおり、赤ちゃんのイエス様を動物たちが鼻息で温めています。いずれにしてもこんな場所で子供を産みたいと思われるかたは恐らくいないでしょう。絵の左下に注目して下さい。ヨセフ様が凍える幼児イエス様を包むために自分の靴下を細長く切っています。よく見るとヨセフ様ご自身はなんと裸足……子供のためには寒さも厭わないヨセフ様です。
「クリスマス」の華やかさとは縁遠いこの絵画、特にヨセフ様の姿の中には、「主が生まれる」の意味が雄弁に語られているように思います。
主の降誕のメッセージ、それは「自分には不都合なことが生じても、自分を他者のために捧げることには意味がある」ということです。
コロナ禍の中、自分の不都合を感じる時、実はそれは人のことを思いやる姿勢を「生み出す」チャンスになるかもしれません。コロナ禍の中でどうしても自分に目が向きがちですし、他者は自分に不都合をもたらすものと厳しい視線、猜疑心を向けてしまいます。だからこそ他者を思いやる優しい眼差しを忘れず、人と関わること、想像することを大切にしたいと思います。
主の降誕のメッセージ、それは「神様は責任を感じておられる」ということです。
なんか上から目線の発言ですが、実はこれは教皇フランシスコの仰った言葉です(森司教様がある講話の中でこのことを紹介されていました)。よく見ると絵の上の方にはさりげなく天の御父である神様が地球を手にしながら聖家族を祝福なさっています。ご自分の独り子が貧しい者としてこの世にお生まれになることを御父は「良しとされた(創世記 1:4)」。人びとが貧しく苦しんでいることに心を痛め、独り子を救い主としてこの世にお遣わしになったという受肉の神秘を教皇様は「神様は責任を感じている」と表現されました。神様の心の痛みがひしひしと伝わってくるフランシスコ教皇様ならではの言葉ではないでしょうか。
今日は1つの絵画から主の降誕にちなんだメッセージを2つばかり分かち合わさせていただきました。