昨年5月9日、教皇フランシスコは、2025年の聖年を布告する大勅書『希望は欺かない』を発表しました。そして今年、カトリック教会は「聖年」を迎えました。聖年は、決められた条件に従って祈りや巡礼を行うカトリック信者に、教皇が大赦と呼ばれる特別免償を与える年です。通常25年に一度行われるものですが、覚えておられるかと思いますが、他に2015年に開催された「いつくしみの特別聖年」など別の意向による「聖年」もあり、また2000年には特に「大聖年」も祝われました。
今回、横浜教区として聖年の指定巡礼教会を「山手教会」とされました。巡礼教会が一つというのは珍しく、今回は横浜教区のみで、他の小さな規模の教区でも2~3つの巡礼教会を指定しています。なぜ横浜教区だけが一つなのか、正直、私は疑問を感じていましたが、先月の司祭月例集会の際、梅村司教から司祭たちに説明があり、その話を聞いて、なるほどと思いました。山手教会は、横浜教区のカテドラル(司教座聖堂)で中心となる教会なので、きっとお願いしやすかったのだと思います。それと梅村司教は、1年間も他の教会には負担をかけたくないという思いがあったようです。確かに巡礼教会に指定された教会は大変かと思います。ですから、都筑教会を含めた他の教会の方々は、梅村司教の思いに感謝しなければならないでしょう。そして山手教会はいつでも巡礼者を迎える準備ができているようですので、きっと巡礼された方々を歓迎してくださるかと思います。
今回の巡礼も旅する気持ちで、自ら他の教会に足を運ぶことで、充実した思いと恵みがあるのではないでしょうか。
この聖年では、「全免償」が与えらます。これは少し分かり難いかもしれませんが、簡単に言うと「ゆるしの秘跡」で罪の告白をすると、司祭から「償い」が課せられ、それを果たすことでその罪に対しての免償が与えられます。しかし、私たちは償いを完全に果たさないで死んだ場合、すぐに神の救いに与れずに、煉獄での有限の罰、苦しみを受けなければならないのです。これは神が人間に与える単なる罰ではなく、救いに向かうための清めの期間のようなものですが、有限の罰、苦しみを受けないためにも、全免償(すべての償いが免除される)を求めることは大事だと思います。
私たちはゆるしの秘跡で告白していない罪の償いやゆるしの秘跡で果たさなかった罪の償いがあるかもしれません。償いを残さないで、すべてが清められて神の前に立つことで救いに直結するのです。
また全免償は、自分だけでなく、煉獄にいる死者のためにも代わって受けられます。そのためにも信者の皆さんは、今年の聖年において、自分の救いだけでなく、煉獄にいる霊魂の救いも考えながら、全免償が与えられるように、進んで巡礼を行い、祈りを実行して行きましょう。全免償を求めることは、他者への愛の行為でもあり、ひいては自分の救いにつながるものです。
主任司祭 西本裕二