先日、私は必要があって藤が丘のある病院に行きました。その際、鷺沼、都筑に来て5年になるのに、初めて東急バス、ブルーライン、田園都市線に乗りました。昔から膝が痛むのでそれを理由にして大抵の場所は、これまで横着して車で行っていたからです。
しかし、久しぶりに公共交通機関を利用して感じたことがあります。それはかかる時間は変わりますが、見える景色も変わるということです。普段、車の場合は、あまり意識して外の景色を見ることはありませんが、特にバスだと窓から街並みを眺めながらゆっくり移動するので楽しく出かけられました。

この体験で学んだことがあります。それは新しい体験をすると見えなかったものが見えてくるということです。そして色んな気づきがあります。
私はどちらかというと出不精で、あまり出かけない方だと思います。けれども出かける良さ、楽しさを少し知ったように思います。
イエスは、宣教活動を行うにあたって、積極的に様々な場所に赴きました。聖書において、イエスは「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、私は宣教する。そのために私は出て来たのである」(マルコ1.38)と言われました。この言葉は、イエスの宣教活動への熱意あるいは意気込みといったものを感じます。

一定の場所に留まることは、自分を安心させてしまい、新しい場所や新しい事へ向おうという気持ちを躊躇させてしまいます。そしてそれが宣教活動の大きな妨げになります。
カトリック信者は、つねに熱意をもって、新しい事に取り組み、チャレンジしていかなければならないと思います。
これまでのやり方や考え方にこだわり、それが一番良いと思って、そこに留まる限り、教会の発展はないでしょう。

イエスが捕らえられたとき、弟子たちは自分たちも捕まることを恐れて、家に鍵をかけて隠れていました。(ヨハネ20.19)つまり自分の殻に閉じこもっていたということです。このような生き方では、大事なものが見えてこないばかりか、何の成果ももたらさないでしょう。
前教皇フランシスコが「出向いていく教会」の必要性を示されました。私たちが出向くことで、宣教活動で大事なものが見え、気づくことができるからだと思います。
私もこれからもっと積極的に外に出て、新しい事に取り組んでいきたいと考えています。それが都筑教会の発展につながるなら幸いです。

               主任司祭 西本 裕二