ベトナムのホーチミンから北に飛行機で1時間、車で6時間かけて行ったところに、高原都市ダラットがあります。植民地時代、フランス人が好んで住んだ町でした。林芙美子の長編小説「浮雲」の舞台となったことでも知られています。聖ビンセンシオの愛徳姉妹会のシスターたちが現地の少女たちに刺繍を教える学校や小規模な工場もありますし、サレジオ会の哲学院もあります。昔ダラット教区の大神学校があった建物は共産政権によって没収され、国立ダラット大学のキャンパスになっています。大神学校の屋根の上にそびえていた十字架を板で隠し、赤い共産党旗をかぶせています。
そのダラットの郊外にK’Longというサレジオ会の施設があります。現在は小教区、黙想の家、職業訓練校を備えた大きな支部となっていますが、20年前は高原に住む少数民族の方たちに生活の糧を得させるための施設でした。少数民族が作る工芸品を外国に紹介し、受注すると同時に少数民族の女性たちに裁縫やビーズ編みなどを教えたりする職業訓練みたいなこともやっていました。それ以外にも、近隣の子供たちを集めて、毎日放課後のオラトリオ活動を行っていたのですが、そこで活躍していた青年の一人がフー(Le Pham Nghia Phu)新司祭だったのです。
そのころ、日本管区では召命の減少に伴い、外国から若者を呼んで養成を行いたいと考え、ベトナムを訪問しました。ハノイの南ブイチュウ教区のサレジオ会司教、ホーチミンの管区長や修練院長を訪問してお願いしたのですが、うまく話が運ばず、困っていました。そこに、管区評議員でもあるK’Longの院長が「私に一つのアイデアがある」と協力を申し出てくれたのです。彼の発案で、オラトリオの青年リーダーの中から司祭職を希望する青年を選び、英語と日本語学習、PCの勉強のための資金を日本管区が出し、支部の院長と会員が青年リーダーの養成を担うという役割分担をすることになったのです。その実りがフー新司祭というわけです。当時のベトナムの共産政権は1年に入学する神学生を制限し、司祭叙階も政府の認可がないと叙階できないという状態だったので、外国に出て、神学を学び叙階される宣教師の道は魅力的でもあったのです。
2020年の現在、種々の教区や男女修道会にベトナム人司祭、神学生、修道者が多数存在するのは、今後の日本の教会の司牧と宣教を担う貴重な支え手となっていくに違いありません。
主任司祭 松尾 貢