3月11日について、私たちは皆、それぞれの体験を語りあいます。「私は品川で仕事をして、6時間かけて歩いて帰った」「私は二子玉で買い物をしていて、タクシーで帰った」「私は新宿にいて、友人宅に泊めてもらった」など。
今回、塩釜、石巻、女川、松島をまわって感じたことは、被災地の方々一人ひとりが「3・11の語り部」だということです。立ち寄った食堂の女性、すし屋の男性、コンビニの店員それぞれが語るあの日の体験は、家を流され、家族や親戚の人を亡くしたなど至極辛い体験の持ち主でした。その話を聞きながら、私は、長崎原爆の被爆者であった祖父や母の話とだぶるのでした。
今回の被災地視察の目的は、下記のことを考えたかったからです。
- 鷺沼教会として、神奈川第2地区として、今後、どのような息の長い支援活動ができるか。
- 60代、70代の方たちが、どんな形で支援していけるか。
私たちが行っても足手まといになるから行かない、といった意見を聞きます。しかし、ボランティアは若い人たちだけの特権ではないはずです。
たとえば、塩釜ベースで5月初めから中心的に働いているブラザー深川は72歳、シスターズ・リレーで全国から集まってくる修道女も高齢者が多いのです。がれき撤去をするボランティアの多くが若者や壮年でも、その若者を迎え、世話をしている方々は60代、70代なのです。そしてまた、年配の方々こそできる大切な仕事があります。“傾聴”ということです。震災にあった方々の体験と今の気持ちを聞き、受けとめ同伴する、今後はこのことが求められていると感じました。
さらに、団体観光客が極端に減っている被災地に行き、自分の目で見て、自分の生活の場に戻って、語り部となる。現地のホテルに泊まり、食事をし、土産を買う、一言で言えば、被災地にお金を落とすことも、私たちができるとても大事な支援だということです。難しく考えないで、あなたもこの夏か秋に、被災地を訪れてみませんか。