エルザレム郊外オリーブ山の山頂近くに主が昇天なさったといわれる場所がある。そこを訪れたとき、わたしたちの前にポーランドから来た巡礼団、ロシアからきた正教徒の巡礼団が並んでいた。堂内に入ると、大柄のロシア人女性がひざまずいて、大きな身体をかがませながら、苦心して岩に接吻していた。人が見ていようが、人から何と思われようが格好が悪いかどうかも関係ない。とにかく、主への深い想いを表したいという正教徒のひたむきさと敬虔さを感じさせる巡礼団の姿だった。
5月14日に放送されたNHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」を観た。冠動脈バイパス術の専門家として知られる順天堂大学医学部の天野篤さんの姿が印象的だった。やるべきことを愚直に貫き通すこと。それが、3浪で私立医大に入り、就職もままならなかった落ちこぼれ医師をおしも押されぬ心臓外科の名医にした、という話だった。今年2月、天皇の狭心症に対応した冠動脈バイパス手術が東京大学医学部付属病院で行われた時、東大医学部との合同チームの一員として執刀し、話題となった。その際の彼のコメントも「あたりまえのことをあたりまえにやっただけです」という渋いものだった。
アナトール・フランスの短編『聖母の軽業師』をご紹介したい。曲芸を生業としていたバルナバという男が修道院に入ります。聖母に対する信心で有名なその修道院の院長は聖母についての高尚な本の著者。ある修道士は聖母の絵を描く。聖母についての素晴らしい詩を作る修道士もいれば、羊皮紙にその詩を絵文字で書く修道士もいた。皆それぞれ見事な才能を発揮して、聖母賛美していた。ところがバルナバ修士は読み書きもできず、「自分には何も才能がない」と落胆していた。そういう彼を一人老修士は「アベ・マリア」を唱えることができれば、それだけでも十分だと慰めるのです。その後、バルナバ修士が長く聖堂に閉じこもる日が続きます。不思議に思った院長は、そっと覗きにいきます。すると聖母の祭壇の前で、曲芸をしているバルナバ修士がいたのです。なんと軽業をしているバルナバ修士の額の汗を聖母が拭いておられたのです。実直な者は幸いなるかな!