実は昨年末から私たち司祭がいる横浜修道院のボイラーが故障し、炊事から風呂まで使用できない状況が続いています。
修理には部品の交換の必要もあって、復旧まで早くても1月下旬になるということなので、取りあえず、司祭たちは公衆浴場や学校の職員用シャワー室をお借りして凌いでいます。
そのために先日まで、年末のこんな時期に「面倒くさいなあ!」と正直、私は少し不満を持っていました。
ところがこの元旦に能登半島で最大震度7を観測した大きな地震が起こりました。今でも震度4以上の余震が頻繁に続いていますので、正確な人数は分かっていないようですが、200人を超える方が亡くなり、安否不明の方も多数います。また1000棟を超える住宅が津波や地震また火災で甚大な被害を受け、多くの方々が被災しています。
このような災害を見聞きしたとき、今の私たちの横浜修道院の状況は、いかに恵まれているかと思いました。それは多少の不便はあっても修理すれば直るからです。でも被災地では飲み水や食料すら不足している状況で、また断水や停電が続きライフラインにも影響が出ています。復旧までには相当な時間がかかると思います。ですから、きっと風呂やシャワーに入るどころではないでしょう。
私たち人間の弱さは、今の自分が一番辛く不幸だと勝手に思い込んでしまうところです。
むしろもっと苦労し、大変な思いで生活している方は大勢いることを知らなくてはならないと思います。そうでないと私たちは、自分に起こる出来事をネガティブにとらえて、苦しみ、悩んでばかりいることになるからです。
ローマの信徒への手紙には、困難や苦しみに耐えている人たちのために慰めの言葉があります。パウロは次のように言っています。「神を愛する者たち、つまりご計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを私たちは知っています」(ローマ8.28)と。つまり神は私たちが益となるために苦しみも困難も誘惑も罪も含め、私たちの人生におけるすべての出来事を整えてくださるということです。
ですから、私たちキリスト信者はもっとポジティブに出来事をとらえて、自分の上に起こる不運だと思う事に対しても、神が自分の救いや成長のために今、試練や困難を与えて下さっていると受け止めるべきではないでしょうか。このポジティブな捉え方こそ、神への信仰にもとづくものではないかと思います。
*ちなみに能登半島地震の被災地の方々のために都筑教会からカリタス・ジャパンを通して早急に支援金を送ります。今後、教会として皆様に協力をお願いする予定です。
主任司祭 西本 裕二