今回のコンクラーベや新教皇レオ14世の選出にあたって、カトリック信者数が少ない日本のメディアも大きく取り上げていました。それは不安定な現代世界にあって、多くの人が平和な社会やバランスのある人間性を求めている期待の表れであるように思います。そしてメディアが大きく取り上げたので、ここ最近、都筑教会に初めて教会に来られる一般の方々が増えているように思います。それを考えますと私は、あらためてメディアの影響力というものを感じます。
今日は「世界広報の日」です。広報とは、メディアやSNSなどのコミュニケーション手段を通じて、情報を伝えることです。そして今日はその正しい使い方を考える日でもあります。福音宣教は、私たちキリスト信者の使命です。その使命を果たす手段として、メディアやSNSなどを活用した広報が今、求められています。
そこで私たちキリスト信者はその重要性を再認識すると共に、広報を通して、教会がどのように人と関わり、どのようにそれを活かすかを考えることが大事ではないかと思います。

2010年の「世界広報の日」に教皇ベネディクト16世が次のようなメッセージを出されました。「聖職者が福音宣教のために画像やアニメーション、ブログ、インターネットなどの新しいメディアを活用すべきだ」と。一方、同教皇は、「情報通であるよりも、聖職者としての心によって注目されるべき」と指摘し、新しい技術を使うことも必要だが、それが目的になってはいけないことを警告されました。
私自身、司祭として、あまりインターネットやSNSなどには詳しくありません。また司祭の高齢化で、現実にメディアやSNSを利用できない方もいます。ですから、教皇ベネディクト16世は、先ず司祭たちがメディアに関心を示し、それを福音宣教の手段として、信徒の皆さんの力を借りて、活かすことを求めて、述べられたものではないかと思います。

実際、信徒の方の中にはパソコンやインターネットなどの専門性の高い技術をもった方が少なからずおります。そのような方々と共に、福音宣教の手段として活用していくことが大事ではないかと思います。それに加え、司祭たちは、教皇が言われたように〝技術が目的とならないように″教会で広報としてメディアが正しく活用されているかを見極めていく役目があるのではないでしょうか。
参照「WEB:CHRISTIAN TODAY2025.5.19」

主任司祭 西本裕二