三島新司祭の叙階にあたって(No.1)

アイキャッチ用 田中神父の今週の糧

9月16日(土)午後私たちの鷺沼教会とはお馴染の三島助祭が司祭に叙階されます。心からお祝いしたいと思います。この機会に「ドン・ボスコと司祭職」について考えましょう。
小さい時からヨハネは神父になろうと考えていました。9歳の時の夢の後、母親にその理由を次のように述べています。「お母さん、僕は神父になったら、一生を子供のために捧げたい。子供を集め正しく導いてやりたい。自分を犠牲にして、彼らの救いのために働きたいんだ。」(自叙伝33p)と。

15歳でカステルヌオヴォ中学に通うことになります。町の教会の神父たちを見てドン・ボスコがっかりすることになります。神父たちは、親しみのない近づき難い態度で信者たちとの付き合いを避け、子供になど挨拶もしないのでした。ヨハネは一人心を痛め、固く誓います。「僕が神父になったら……子供たちに近づこう。子供を集め、彼らを愛し、彼らから愛され、良い話や良い模範を見せて、彼らを善に導こう!!」(オフレ著『ドン・ボスコの生涯』47p)

26歳で神父になった時母マルゲリタはヨハネ(ジョバンニ)にこう言いました。「ヨハネとうとう神父になれたね。これからは、毎日ミサを立てるけど、ミサを立てることは苦しみ始めることなのだよ。今は、分からないかもしれないが、いつかきっと、お母さんの言葉が分かるでしょう。これからも、毎朝、お前は私のために祈ってくれるだろう。それだけで十分だよ。もう私のことは心配せずに、霊魂のためにせいぜい働いておくれ」(同81p)

子供が好きで、子供からも愛されている三島助祭はドン・ボスコと同じ気持ちでドン・ボスコの歩んだ道を歩いてきました。これからはその同じ道を神父として歩き続けていきます。語学が堪能で音楽も好き、スポーツも万能で(野球は若い時の田中神学生にはほんの少し及ばないけれど……)そして何よりも明るく、前向きで積極的な姿勢は、多くの人たちの心に「キリストの光」を燈すことでしょう。あと一週間私たちの心からのお祈りを捧げたいと思います。叙階式前日に書いたドン・ボスコの日記にこう記されています。「司祭は、天国にも地獄にも一人では行かない。召しだしを忠実に守るならば、その仕事によって救った霊魂と共に天国に上り……」三島神父様と一緒に皆で、天国に行けるように、心からお祈り致しましょう。

主任司祭 田中 次生

おすすめ記事