​『岳石』―前田枢機卿様の師匠の俳号

アイキャッチ用 松尾神父の今週の糧

鷺沼教会には俳句愛好家が大勢おられます。月に数回、10時ミサ終了後、駅周辺のレストランで昼食を取りながら句会をなさっているグループ。折りにふれ軽井沢で一泊二日の句会をなさっている方もおられます。今年5月に帰天なさったジョセフィン原久代さんも句集『都忘れ』を刊行された方でした。

大阪大司教前田万葉枢機卿様も大の俳句ファンです。著書『烏賊墨の一筋垂れて冬の弥撒』はその代表作が書名に採用されたものです。聞くところによりますと、鎌倉春秋社の社長夫人はカトリック信徒で、万葉司教のこの句を識って感激し、この方の本を出したいと講演集などを纏め出版なさったそうです。その万葉枢機卿の俳句の先生は、昨秋帰天なさった川添猛師でした。滑石や浦上といった大きな教会の主任司祭や地区長を務めた後、晩年は、司祭の足りない福岡教区からの応援要請に応えて、天草の大江教会や熊本の帯山教会といった小さな教会の主任を務められました。ユーモラスな説教、人間味あふれた師は多くの羊たちから慕われ愛された牧者でありました。その川添師の俳号は「岳石」岳石師匠の晩年の句をご紹介しましょう。

“被爆者の 過去帳干せり わが名いつ”

被爆者であった師が原爆記念日を迎える度に、自分も過去帳に載る日が近いという想いが看見される句です。昨年の夏、川添師は『寶蔵書』という古文書と格闘なさっていたそうです。師の故郷、上五島桐の隣集落「深浦」の古老に複写してもらった隠れキリシタンの儀式書です。末尾には「大正四年旧二月二十八日寫之」とあり、次のような祈りが書かれていたそうです。

“ゼーズス様エ 御届ヲ申し上ケ奉ル 御安女様方ノ御力ヲ以テ社場ノ御帳面ヲ取り消しパライソの御帳面ニ御加エ下サレマスル様ニ謹ンデ御頼ミ上ケ奉る アンメン ゼズゝ 泰フ存じ上ケ奉ル”

師は頷きながら何度も口ずさんでいたそうです。社場の御帳面よりも、パライソ(天国)の命の書(黙示録3・5)に記されることを願う人たち。師は「こがんとを生の声,生の祈りというとやろうね」と、大きく一つ息をつきながらゆっくり天井を眺めておられたそうです。師の帰天はその三か月後の昨年11月17日でした。合掌。

主任司祭  松尾 貢


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