5月は、聖母の月です。この鷺沼教会では昔から5月と10月に「ロザリオ」を唱える習慣があるようで、良い伝統だなぁと思っています。学校ではなかなかそんな時間がありませんので、いままでサボった分、時には2回も参加しています。
5月は、サレジオ会の創立者ドン・ボスコにとっても大好きな月でした。ドン・ボスコのおかぁさんマルゲリタは、彼が小さい時からいつも折りに触れてマリア様について話して聞かせました。
15歳でカステルヌオボ中学に入り、下宿することになったボスコに勧めました。「ねぇヨハネ、何にもまさって聖母マリア様を愛するのですよ!!」と。
彼が20歳の時、神学生として神父の服を着た日(着衣式)にはこう勧めました。「ヨハネ、お前のスータン姿を見ておかぁさんがどんなに嬉く思っているか想像しておくれ!……お前が生まれた時、私はお前を聖母マリアに捧げました。また、勉強をやり始めた時には、何ものを捨てても、聖母に対する信心を深めるように勧めました。今こそ、それ以上に完全に聖母のものになるようにと願っています。」と。
ドン・ボスコは、1841年6月神父になり、いろいろと悩んだ末「神学専門学校」で勉強を続けることになりました。12月8日、アシジの聖フランシスコ聖堂で、恩師カファッソ神父が持っていた要理のクラスを担当することになっていました。ミサの前にこれからの自分の使徒職を通じた「家族」のために、マリア様に「オカァサン」になって下さるようにと、願ったのでした。ミサの時、少年ガレッリとの出会いがあり、次の日曜日に左官の仲間たちを連れて来る約束まで取ることができました。ドン・ボスコは少年との別れの前に、一緒にひざまづき「アベ・マリア」を称えました。彼は晩年、あの一つの「アベ・マリア」からサレジオ会の全事業が始まったとしみじみと述懐しています。